
公開2日目(?)にて川崎東宝シネマズにて鑑賞。一応は“踊る〜”ファンであり、DVD BOX(赤箱)も所有し、パート3のブルーレイも持っている。
ただパート3で結構自分の中では“完結”感がありつつも(実際は、パート2後のスピンオフの連発で、自分的にはかなり終わっていたのだが・・・)、ファイナルというと何となく見納めというファン心(そこが代理店やTV局の狙いなのかも)で、観ずして語るべからずの精神で劇場に足を運んだ次第。まあ、それ以前にここ1年くらい劇場から離れていたことを考えれば、戻るきっかけを与えてくれた1本ということでは、良いことである。
ただ先駆けて放映された「踊る大捜査線 THE LAST TV」が、あまりに期待はずれというか、陳腐だったため劇場へつなげるという導火線の役割を担ったのかどうかは???であった。昔のような映画版へのエッセンスを含んだシナリオにはならずに、あくまでメディアミックスとしての露払いな演出として観るべきTV作品だったようだ。逆に「深夜も踊る大捜査線」の完成度が高く、そのGAPもあり、だから少しもったいないなあと感じつつも、無心のまま劇場へ。
洋画ビジネスに関わっている私からは羨ましいくらいの客の入りである。だから映画事業(=放送外収入)はやめられない・・・というのがメディアミックスの主幹事のTV局の担当者の本音では。TV局映画は、基本的に“芸術(=アート)”ではない、あくまで商業映画である。ならばいくらでもヒットが“量産”可能となれば、FINALとかLASTと謳っても、「海猿」や「踊る〜」はこの後も続いていくに違いない(はず・・・)。
なんせ昨年やっと“完結”した「渡る世間は鬼ばかり」でさえ舌の根も乾かないうちに特番での“復活”である。だからTV局は信じられないのだ。
だからCXがホントに「海猿」や「踊る〜」をもう二度と作りませんと言えば、私はかなり評価したいと思う。
さて、実際の本編は・・・というと途中までは良くできていた。オープニングはスタイリッシュだし、テンポも良くスリリング!ところが途中から軌道を外れて、ファンタジックな非現実的なワールドに突入!?というのが正直な感想。
もともと「踊る〜」シリーズは、犯人側のバックグラウンドを描かないのが信条・・・だから犯人側に感情移入する部分が少なくある意味軽快ではある。ところが身内が犯人の場合、その軽快さがストーリーに薄っぺらさを与えてしまうという危惧が当たった感じだ。
官僚と“本店”捜査一課刑事の3人のキャラの、過去の誘拐事件に対するリベンジということになるのだが、バックグラウンドの掘り下げが薄いので、“人が事件を起こす”という点から見ればリアリティに欠けてしまったということだろう。
特に過去の事件に対する身内のリベンジというストーリーでは、「相棒」が実にうまく作ってしまっている。(長門裕之の「閣下」もののエピソードが代表的で、観賞しながらこの話を思い出してしまった)
そのあたりがとても残念な部分だった。ラストに向かうところに至っては、湾岸署凶行犯係のオンステージなんだけど、なぜ彼らだけがそこに辿りつけられるのかが???というところから荒唐無稽&すみれさんの活躍でファンタジックになってしまう。
LASTだからこそ原点の青島と室井の本来のポジションに帰結させなければならない、という命題のために飛躍的なストーリー(鳥飼による二人の解任の提案)も無理があったかなあ。
あとはなぜそこに香取がいなくてはならなかったのか・・・劇場鑑賞後に隣にいた観客がつぶやいた。「バナナ(ドール)だから香取が出ているんだよ」と。そのレベルでしか思われていないなら、出なくても良かったでしょう。バックグラウンド無き人物像、ただ被害者側に傾倒したから体制に反旗を翻したのならもっとそのプロセスがTV特番あたりで描かれていればファンも納得したのでは。まあそれなら香取である必要性は皆無なのだが。
とにかく適度な突っ込みどころは満載なのが「踊る」の楽しみ・・・公安が鳥飼(小栗旬)が過去の事件の被害者の家族であることも調べ上げていないし、鳥飼の指示で過去の事件を知っている捜査員が意図的に招集されていないというのにも無理があった。ただ鳥飼が凶悪殺人犯は死んでしかるべきという思想になったのは、その過去の事件の影響というのは「パート3」や先のTV特番で伏線はあった。
すみれさんの突入はネットで語られている通り。まあファンタジーとして観るべきシーンでしょう。
映画に行く前にDVD BOXを引っ張り出してTV版やTV特番を観直したが良くできている。主要キャラクターにバックグラウンドがしかっりあってストーリーを成立させているというのがよくわかる。
でも確実に「3」よりはよく出来ていたし、大団円としては良かったのでは。
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