

*出典:『平成スポーツ史 Vol.2 ラグビー』より(ベースボールマガジン社より発売中)
もうすぐ平成が終わってしまうので、思いつくままに書き留めておきます。
平成の大学ラグビー30年史というと、私が大学を卒業してちょうど社会人になったのが昭和63年なので、"雪の早明戦(昭和62年度)"などはその前なんですよね。なのでほぼ社会人生活とリンクしてラグビーを応援してきた感じです。
先日購入した『平成スポーツ史 Vol.2 ラグビー』(ベースボールマガジン社)で大学ラグビー30年史のチャートが出ていました。「明治の時代」にあたる最初の10年は、ほぼ対抗戦の早稲田戦、慶應戦くらいしか観戦に行っておらず、これ以外にたまに交流戦に行くくらいでした。大学選手権の観戦は、1997年度あたりからなので、ほぼNHKとTVKのテレビ観戦メインでした。もちろん八幡山には行くこともなく、初めて行ったのは現在のグラウンドのこけら落とし(vs.流経大戦)なので2003年。新しいグラウンドになった頃には、明治は既に"暗黒時代"に入っていたということですね。
平成最後なので"たられば"を語る
大学ラグビーにも色んな"たられば"があると思いますが、明治に関して勝手気ままに言うと�(神�4年度(永友主将・準決勝敗退)と平成6年度(南條主将・準優勝)の代は、大学日本一になるチャンスはゼロではありませんでした。もし優勝していたら、明治はこの段階で帝京より早く7連覇を達成していたことになります。
�↓,慮紂△發桂姪臉萓犬留別恩紊�"事件"が起きなければ、ひょっとしたら9連覇までは達成していたかもしれませんね。あくまで希望的観測ですが。となると、関東学院・早稲田・帝京の時代はもう少し後ろにずれていたのかもしれません。
➂その関東も"事件"が起きなければ、もっと長く栄光の時代は続いていたでしょう。結果、帝京の台頭が後ろにずれるか、もしくは9連覇というのも無かったかもしれません。そして、関東リーグで東海大が盟主となる時期ももっと後になっていたと思います。
こういった色んな因果があって現在に帰結しているわけで、明治は22年間苦しんでようやく優勝にたどり着いたことは、チームにとって奇貨となるはすで、これをプラスに変えていくのはチーム自身の努力によるものだと思います。
記憶に残る明治の試合を思いつくままに
当然ながら、良い記憶と嫌な記憶がありますが、ここでは良い記憶だけをランダムに(私的なランキングではありません)。��vs.京都産業大(平成2年度、平成29年度)
「明治が負けちゃうんじゃないか」という展開から逆転して勝つという印象が強かった試合です。ある意味で好敵手なのだと思います。
なかでも、平成2年度(吉田主将)のときの準決勝の逆転勝利、平成29年度(古川主将)のときの逆転勝利が思い起こされます。特に後半の中盤くらいからの明治の猛攻が印象的で、それだけスリリングな戦いだったということですね。
��vs.関西学院大(平成21年度)
吉田監督就任1年目でチーム再建を目指してスタートした平成21年度(金澤・西原主将)、対抗戦は5位と苦しみました。帝京に0 vs.56という屈辱的な大敗を屈した後、ドラスティックな練習スタイルに舵を切りました。選手権は、拓殖大に辛勝、ベスト8で関西リーグを制圧した関西学院大(おそらくチーム史上最も強かった)と対戦。下馬評で明治絶対不利、関学大は勝つ前提でお正月の準決勝のバスツアーまで組んでいるくらいでした。この試合で、田村優(3年)が覚醒、八面六臂の大活躍で62 vs.29と快勝。スカッとするようなトライラッシュが印象的な試合でした。
➂vs.慶應義塾大(平成22年度)
低迷期に入っていた明治は、早明両校に勝てない時代が続きました。特に慶應を苦手としており、吉田監督2年目の平成22年度(杉本主将)、その連敗の壁を破った試合です。ラストワンプレー、自陣での慶應の猛攻を凌ぎ、猿楽が三木のアタックをタッチライン外に出してノーサイド。田村をはじめ、泣いている選手が多かったのが印象的です。この年から明治は、対抗戦の優勝戦線に再び加わることになります。
��vs.同志社大、vs.慶應義塾大(平成10年度)
平成10年度(山岡主将)の選手権の準々決勝、準決勝の試合です。ともにリードされて終盤に差し掛かっていたときに、頼れるNo.8斉藤祐也の大逆転トライで試合をひっくり返して勝利をもぎ取った試合です。どちらの試合もハラハラ感が半端なかったですね。
➄vs.サントリー(平成9年度)
選手権準優勝の明治(田中主将:現監督)が日本選手権でサントリーと対戦。社会人チームに対する明治のはつらつとした思い切ったプレーが冴えわたり、後半までリードしてサントリーを追い詰めた試合です。平成の社会人対決の中では、この試合と平成5年(元木主将)の神戸製鋼戦が好試合でした。
��vs.早稲田1年(平成21年度)
吉田監督1年目の新人の早明戦。会社を午後休んで、上井草まで行きました。この年、堀江、猿楽、国定、榎など有望選手のリクルーティングに成功、これまでの"人材の墓場"的なイメージから脱却して、選手個々が素直にパフォーマンスを発揮!!なんと、90点差以上の大差をつけて早稲田に完封勝ち。明治復活への萌芽を少し感じ始めた一戦でした。
��vs.早稲田(平成2年度)
吉田主将の大逆転トライが印象に残る試合。対抗戦で同点に追いつかれた悔しさを、ファンとともに解消した一戦でした。キャプテンシーの重要性を感じた一戦でもあります。特に対抗戦の悔しさをキャプテンがチームをまとめて選手権でリベンジするというところでは、平成7年度の信野主将も同じでしたね。
��vs.法政大(平成5年度)
前年に法政に準決勝で大敗。お正月にTV観戦していて、茫然となりました。この試合で序盤に胸を負傷した元木選手が翌年に主将となって、見事に完勝とも言えるリベンジを果たします。キャプテンの意地を感じた一戦でもあります。
��vs.同志社大(平成5年度)
その法政との決勝戦もかすんでしまうくらいの、準決勝での明治の大逆転劇。自陣から元木(主将)➡赤塚➡信野➡松本➡天野(すべてオフロードパス!)とつないだ渾身の逆転トライ。内容では負けていた試合ですが、"勝つ"ということに執念を見せた一戦でした。
➉vs.慶應義塾大(平成24年度ジュニア選手権プレーオフ、平成27年度ジュニア選手権)
ジュニア選手権は、慶應との接戦が記憶に残ります。平成24年度は、ラストプレーで慶應にトライを許しゴール正面のGKが決まれば1点差で慶應の勝利だったと思いますが、相手GKを紀伊選手がチャージして防いで1点差での勝利。平成27年度はラストワンプレーで相手ボールをセンター付近でターンオーバーして高橋汰一選手が一気に走り抜けて逆転トライ。ジュニアも面白い試合は結構ありました。
��vs.天理大(平成30年度)
福田主将のもと22年ぶりの大学日本一に。外国人選手枠の拡大やルール変更など色んな時代の変化の中、明治は強かった平成最初の10年のようにFW/BKのバランスが取れた成熟したチームになったと思います。
(※文中の固有名詞(選手名等)は敬称略とさせていただいております。)
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コメント
コメント一覧 (8)
川上・阮・斎藤の第3列は当時、"大学屈指"と言われていました。
関東学院戦でそれが封じられたことを翌日の新聞で書かれていて、悔しい思いをしてのを覚えています。
京産との好試合は、いつも明治が押されている印象ですね。
川上、げん、斎藤のバックローが好きでした。
でも勝てなかった💦
京産のスクラム強かった。
久我山のプロップが押されたシーンが頭に残っています。
吉田主将の時の優勝は、平成前半における明治時代を迎えるターニングポイントだったと思います。チーム自体の質を変革した功績は大きかったと思います。
振り返ると、私の中では、明治OBの中では"孤高のヒーロー"のイメージです。暗黒時代のトンネルを抜けた功労者と私は思っていますが、意外に評価が低いのが残念です。
くまちゃん様の ブログを通して 平成という時代をあれこれと振り返ることができました。
この ブログの大ファンです!いつも たくさんの記事ありがとうございます。
それぞれの時代によって、さまざまな試合の思い出があるものですね。
平成最後の年に明治が優勝することができて、改めてこれまでの古きよく時代を振り返ることができるのは幸せなことです。
また、これからも楽しみたいと思います。
職場の先輩に誘われ平成27年から観戦を再開し、東海大との選手権準決勝で田村弟の負傷退場もあり負けはしましたが、胸が熱くなる面白いゲーム内容に勝ち負けだけにこだわらず明治ラグビーを見たい気持ちが強くなりました。今後も楽しみですね。
私は昭和62年商学部卒なので、貴殿の1年先輩になります。
私の在学中、2年時が暗黒の時代、対抗戦で4敗し、当時あった交流試合にも出れませんでした。翌年の南キャプテンの代で無敗で迎えた対抗戦早明戦が印象に残ってます。
2点ビハインドの後半、ラインアウトからモールをつくり、一気に早稲田ゴールラインを押し切る、まさに明治らしいトライでした。
ノーサイド寸前、早稲田が狙った逆転PGが外れ、
友人と歓喜した瞬間も忘れられません。
私の平成の最も記憶に残る試合はやはり、��3ヶ月前の天理との決勝です。天理ファンの方には申し訳ないのですが、明治ファン目線を外して考えても本当に面白い中身の詰まった試合だったと思います。
そして、ラグビーってどこが面白いの?と聞かれた時にYouTubeで視せてあげるのが��のトライシーンです。このセカンドジャージー同士がまたビジュアル的にも好みです。それから、私は吉田組と同期ですので�Г魎泙瓩修�4年間の試合は特に思い入れがあります。ここに記載して頂いている以外ですと、杉本晃一組の早明戦です。対抗戦6位で大学選手権に出られない明治が、後日大学選手権を獲る事になる実力を持った早稲田に対し戦前の予想を覆して勝った試合でした。
平成最初と最後の選手権優勝の明治。令和の最初の優勝も是非頂きましょう。